●警察力をも使っての全面封鎖
渋谷区にある都・児童会館。その玄関前の敷地は、夜間だけではあれ、この14年、野宿者の寝場所、共同
炊事の拠点として使用されてきた。私たちはこの1カ月、文字通り連日、耐震工事を名目とする児童会館の全面的な仮囲いに反対し、その範囲の変更を求めてき
た。が、会館側、今回の工事を担当している都・福祉保健局が、私たちの声に真摯に耳を傾けることはなかった。工事は遅れ、手順も多少変えられた。しかし
11月1日、会館の玄関前にフェンスが設置され、全面封鎖は完了した。私たちはこの暴挙を断じて許さない。
いつもなら9時過ぎに始められる作業が、この日1日は8時前から開始された。館長、福祉保健局の担当課長
を筆頭に、都の職員、ガードマン、渋谷署の制服警官が玄関前でピケットを張っていた。その向かいには20名以上の警官を乗せた大型バスが待機。私服刑事も
15名以上たむろしていた。全面封鎖はものものしい雰囲気のなかで強行されたのである。何度でもいう。私たちは、警察力をも使っての会館の全面封鎖を弾劾する。
会館の全面封鎖により、私たちが隣りの美竹公園に追いやられるのは必然である。が、渋谷区・公園課はそうはさせまいと、1日午後、公園の一部にバリケードを新設した。私たちは渋谷区に対しても強く抗議する。と同時に、これからも野宿者の寝場所、共同炊事
の拠点を全力で守り抜いていくことを表明しておく。
●全面的な仮囲いには根拠がない
今までも私たちは、児童会館からの立ち退きを迫られることがあったが、その都度会館側に野宿者が生み出される原因を訴え、かれらも私たちの使用を黙認してきた。
今年3月、東日本大震災が起き、会館は休館となった。4月、「地震被害の調査のため全面的な仮囲いが必
要」と、突然立ち入りを禁止するロープが張られた。が、その後、会館側は私たちに「調査のための仮囲いは一切しない」「夜、みなさんが休んでも、炊き出し
をしても問題ない」と説明し、問答無用の対応を謝罪した。私たちは調査の結果、耐震工事を行なう、仮囲いをするというのならいち早く伝えてほしい、と申し
入れ、会館側もこれを了承したはずだった。
しかし、である。9月27日、会館側は私たちに対し、またしても突然こう通告してきた。「地震被害の調
査結果が出た」「近々、耐震工事を行なうことになった、ついては全面的な仮囲いをする」「29日、詳しく説明する」 29日には、私たちに文書が配られ、
そこには工事は10月5日から、と記されていた。会館側は「すでに来年度の閉館が決まっており、取り壊しになる可能性が高いので、工事の終了後も仮囲いは
撤去しない」と付け加えた。
ここが野宿者の寝場所であり、共同炊事の拠点であることを考慮しているのか、との質問に、会館側は「仮囲
いをするかもという話は、以前からしていた」と逃げの姿勢をつらぬいた。なお調査結果によれば、耐震工事が必要なのは会館の外壁及びホールの天井のみ、私
たちがおもに使用している玄関前ではない。全面的な仮囲いには根拠がなく、野宿者の寝場所、共同炊事の拠点を奪うためのものと断じざるをえないのである。
「取り壊しになる可能性が高い」のに耐震工事を行なうというのも疑問だが、取り壊しが決定したわけでもないのに、工事終了後、仮囲いを撤去しないのも理解
に苦しむ。今回の工事は、ほかにも様々な矛盾をはらんでいるのである。
以降も私たちは、会館側、福祉保健局と何度となくやりとりをした。が、全面的な仮囲いは本当に必要なのか、と私たちが追及すると「専門家の判断だ」の一点張り。では専門家とは誰なのか、とたずねるとダンマリを決め込む始末だった。
●野宿者もまた「構造的」な「被災者」
児童会館の野宿者もまた、まぎれもなく大震災の「被災者」であり、そもそも野宿者は、この社会のひずみ
によって生み出された「構造的」な「被災者」である。都は一方で、避難所を設け東日本の被災者を受け入れているのに、野宿者を追い出しの対象としか見ない
のはなぜなのか? 野宿者の生存権を、その基礎をなすといえる居住権を保障しないのはどうしてなのか? 会館側、福祉保健局は「寝場所がないのなら福祉事
務所で相談を」と繰り返した。しかし「相部屋の施設にとじこめられたり、生活保護費をピンはねされたりするくらいなら、路上でがんばる」という野宿者は少
なくない。宮下公園のナイキ化が推進されるなど、渋谷駅周辺の再開発が加速している。再開発にとって、野宿者はそんなにジャマなのか?
私たちは一切の排除・排外を認めない。私たちは全都、全国、そして全世界の仲間とともにある。今後も野宿者を始めとする持たざる者の生存権をかちとるべく奮闘することを、ここに宣言する。
2011年11月2日